夏の終わる日に2008-08-31 Sun 20:00
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立原道造記念館2008-07-16 Wed 22:12
「立原道造の世界5 絵画・建築設計図を中心として[後期]」という展覧会を見てきた。→立原道造記念館
建物の前を通ったことは何度かあるが、入ってみるのは初めて。こぢんまりしたかわいい三階建てのビルのなか、数はそれほど多くないけれど、興味深い展示物。平日だったせいもあってか、訪れる人も少なく、静かに落ち着いてみることができて満足。 石本建築事務所に勤めていたころの建築設計図など、仕事ぶりが垣間見られてうれしい。そして部屋で使用していたランプや水晶の十字架などの遺品も、写真でなく実物を見たことに感慨を覚える。卒論を書いていたころは、まだこの記念館はできておらず、できてからの十年はずいぶん立原道造からは遠く隔たったところに生きていた。無我夢中で。その間、ヒヤシンスハウスが別所沼の畔に実現していたり、また第5次の全集が刊行されはじめたり。去年卒論を読み返す機会があり、こそばゆいながらも当時の想いを再度なぞって、また少し近づいてみようと思ったのだった。 ちょうど学校に来ていたOちゃんを誘って同じ通りに並ぶ「夢二カフェ 港や」で昼食。時間があれば弥生美術館や竹久夢二美術館も見たかったがかなわず、駅まで歩くついでに工学部1号館など外から眺める。道造が学んだ頃と変わらずそこにある建物の前に身を置くことで、時間を飛び越える錯覚を感じたいなんていう、乙女な発想。 |
飛鳥山公園で花見2008-04-02 Wed 17:41
昨日とはうってかわってなごやかな陽気の中、Eちゃん親子と一緒に飛鳥山公園に出かけた。都電でトコトコたどり着くと、そこは満開の桜の園。時折風にはらはらと花びらが散り、ゆったりとした時間が流れていた。
散策の後、紙の博物館を見学。製作工程の詳しい展示をじっくり眺める。土日には紙漉き体験もできるとのこと、是非再訪したいものだと思った。 |
行ってきました稀覯本フェア2008-03-14 Fri 17:34
展覧会というわけではなく、高額古書の見本市。もとより購入するつもりはなく、勉強がてら有楽町は国際フォーラムへ。初めての場所なので、おのぼりさんよろしくきょどきょどとエスカレーターへ。11時ちょっと前についたけれど建物の入口から会場にたどりつくまでひとけがほとんどなく、どきどき。でもクロークで荷物を預け、透明の買い物袋を渡されてわくわくしながら会場入りすると、静かな熱気が。はしから順々にブースをのぞいてみることにする。印刷物でしか見たことがなかった時祷書やグレゴリオ聖歌の楽譜、ケルムスコットプレスの本の本物が目の前にあるなんて凄すぎる。彩色写本の金色は盛り上がってるんだなあとか、あ、落書き?とか、実物ならではの発見も。時祷書の小さな一葉で12万円くらい。ケルムスコットプレスのなんだかの本をばらした一頁もあり、これは5000円。うっかり買いそうになってしまったよ。
今回、行く前にネットで予習していた中で、チリメン本というのが気になっていた。だいたいがガラスケースの中か、それでなくてもビニールにくるまれていたりして、なかなか触ってみることがかなわなかったのだけれど、あるお店で、さりげなくガラスケースの上に並べてあるのを発見。浦島太郎や桃太郎のフランス語版?のようなもの。お店の人が目を離しているすきに、そうっと手に取って見る。和紙にごくこまかい皺があって、あたたかくやわらかな肌触り。でも驚くほどに軽く。印刷がきれいに紙にのっていたのも不思議な感じがした。いくらぐらいするのかなと思ったら、30万円前後。あわててそうっとまた戻しておきました。 会場の一番奥でルリユール作家4人の展示会もあり、じっくりながめる。藤井敬子さんの、ライトステッチと名付けられた技法に興味を持った。本文紙を表紙に綴じ付ける糸を背に回してとめてある。その糸をほどけばまたもとの折丁にすぐ戻るとのこと。背に回した折丁分の糸を装飾的に絡めてあった、そこが面白かった。岡本幸治さんのところには、ランビエンテ修復学院での実習作品の展示もあり。羊皮紙の作成過程は興味深かった。材料にマウスをつかっているようで、紙のような状態になるまでの手順が、うっ、大変そう。カドフェルシリーズの「異端の徒弟」には羊皮紙の工房の描写があって、でもなかなか想像の限界があったけれど、ちょっとこんな感じ? でも、マウスでなく羊や仔牛だともっと凄そう…。 結局カタログやチラシでかばんを重くして帰途についた。つくづくもっと勉強しなけりゃなあと思った。お昼過ぎると結構お客さんも増えてきて、混雑していたのに全体にとっても静かな印象。そして時折聞こえるのは英語。もしくはドイツ語。普通に商談していたし。自分にはとても手の届かない世界をちょっぴり垣間見たということか。でも、革表紙の本が、ずらっと並んでいる様子には、やっぱり憧れてしまったよ。中身が理解できなくてもいい、すりすりしたいと思ってしまった。「本」というかたちが好きなのだ。 |
上野公園散策にて思うこと2008-02-09 Sat 23:59
甥っ子の参加している絵画教室の作品展が上野の森美術館で開催されるというので、Nちゃんと一緒に出かけた。総勢3600名の作品(おもに絵画)がびっしり並んでいる様は圧巻。申し訳ないがすべてを見る気力も時間もなくて、甥っ子の作品とそのまわりだけじっくり見せてもらう。
絵をならうことについて。私自身は、学校の図工や美術の授業以外で専門の教育を受けたことはないが、絵を描くこと、工作をすることは好きだったと思う。ただ、下書きはそこそこ自分で満足のいく線がかけるのに、色をつけるとどうしても思うようにならず、手を入れれば入れるほど描きたかったものとは遠ざかってゆき、やっぱり私には才能が無いのよねとあきらめていた。筆を置いて久しい今頃になって、絵を、ならおうという真摯な気持ちがあったかなと自分に問いたくなっている。色のつけ方、完成へいたる作業の方法を自己流のまま、うまくいかないと嘆いていただけだったのではと。 上野公園のはずれ、東京芸術大学へと至る十字路の角に黒田記念館がある。以前からいってみたいと思っていた美術館だが、木曜・土曜のみ開館ということで、これまで機会を逸していた。絵を描くのが好きなNちゃんに、日本の近代洋画に大きな影響を与えた黒田清輝の絵を見せてあげたいなと思い、閉館間際ではあったが訪ねてみた。 雪のちらつく寒気の中、シンプルな外観の洋館の扉の内側で、私たちの来る様子を察した館員の方が扉を開けてくれた。その応対ぶりが、まるでホテルマンのようで、なにとはなし嬉しかった。2階の展示室に向かう階段の手すりがよく磨きこまれて手触りよく、鉄製の飾りもさりげなく優雅。おりしも「写された黒田清輝」と題した企画展示が行われており、100年近く前の写真がたくさん、飾られていた。出品されているのは複製ということだったが、想像の域を超える昔の、その瞬間が写しこまれた紙片は存在感があり、そこに開いた小窓から時空をはるかにさかのぼって覗き見ているような、錯覚を覚えた。 企画展のパンフレットにも、眩暈を誘うような言の葉があり。 わたしたちが古写真を目にしたときに、思いおこされる「記憶」、あるいは歴史への「想像力」といったものは、人間の豊かな感性によって生まれるものだと思われます。今回展示公開する写真は、いずれも大判であり、公私にわたり記念的な意味あいを持つものとおもわれます。したがって、その時々の写された人の「思い」、写した人の「思い」、またそれを受け継ぎながら保存してきた人の「思い」が重なっているといえます。 重なってゆく「思い」。 湧き出してきたいろんな想念を消化しきれず、そこにあった小部屋のソファーに身を沈めしばし黙考。その間Nちゃんはテーブルの上にあった黒田清輝の画集を眺めていた。 メインの展示室では教科書でなじんできた黒田清輝の油絵がならんでおり、ゆっくり見たかったが時間切れとなった。展示室を出がけにNちゃんが一言、「上手だね」。そうだね。本当に上手だ。真摯に描くことと向き合い、たゆまぬ努力を続けた成果なのだ。また来よう、とNちゃんと約束した。 |











